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気がついたら梅雨も明けていて。
社会人2年目になって、時間が経つのが本当に早い。 去年と比べれば、確実には変わっているとは思うのだけれど、 劇的な何かがある訳ではなく、徐々に起こっている変化で、 自分ではっきりとその境目を認識できていない(後から気付きはするのだけれど) 今はまだ見えていない、「次」が見えるようになりたくて、 目の前にある仕事はまずはこなしてみる、という1ヶ月だったような。 きっとやりきる事である程度の苦手意識は無くなったけれど、 確実に何かが積もっているなあ、という若干の疲労感。 折れるほどのことではなく、微細なものが重なっているだけなんだろうけれど、 確実に心身のバランスが揺らいでるなあ、と。 日々のアタリマエの積み重ねが大切だとはわかっていても、 なにかエネルギーに変わるような、新しくなるきっかけを欲している。 新しい文明開化/東京事変 ![]() 朝、相変わらず目覚めが悪いけれど、このリズムで体を起こす。 PVの色使い、ポップ感、シーンの動作がモチーフのようにシンクロしていくところが好き。 新しい私になって/熊木杏里 資生堂の企業広告であまりにも有名。 広告のバージョンの方が先に出来て、反響の多さからフルバージョンで作られたという曲。 フルで聴いてみると、同じ部分でもCMの時とは少し歌詞が違うのと、 終わりに向かうまでの歌詞もまたぐっとくる。 CMは柔らかく、美しく前に向くイメージだけれど、 フルver.はもっと恋愛のシチュエーションがはっきりしていて、 より深く、自分に「向き合う」歌詞。 日常の中でその人がいることで自分の行動が変化していた事に気付いたり、 ささやかな出来事を自分向きにポジティブに捉え直してしまったり、 「無理そう」が実はもうとっくに、よくわかっているんだけれど、 勘違いかもしれなくても、高揚していく気持ちがあって。 「こんなに好きなのに、どうして伝わらないの、受け入れてくれないの」 という悲しみとか、辛さそのものを歌った詩は多いけれど、 まだ片思いの、一方通行の恋愛の失恋ってそういう気持ちだけじゃなくて、 もうすこし冷静に「そうなることは、わかっていた」っていう予感みたいなものがある気がして。 「ああ、やっぱりなあ」という気持ちで、 そこに至るまでの自分の中にあったのも 「独りよがりの高揚感だった」って分かっていて、 でも、少しでもその中に相手の気持ちがこっちに向いていてくれたかも、 という期待は拭えなくて、 そんな自分の無理矢理さと、どうしようもなさもすごく分かっていて。 この歌のすごいと思うところは、 そういう「無理矢理だけど向かっていた、カッコ悪いかもしれない自分」 にきちんと向き合いながら、それをさらりと言葉にしてしまっているところじゃないかと思う。 だから、この歌の「新しい私になって」という詩が刺さるんだなあ、と。 新しい何か、のためにはどうしようもない自分ときちんと向き合わないとね、と思いながら。 すっかり夏。 # by arch_vivid | 2011-07-24 23:12
先日、英会話のレッスンで、英語を「音」で脳に定着するのは4歳までだ、という話があった。
意識しなくとも、ネイティブの音が耳に入っていれば、10歳以降で語学を始めたとしてもその音の感覚を呼び戻すことができるらしい。(ちなみにセサミストリートを字幕なし英語でずっと流しておく、などでもよいらしい。)私は帰国子女でもないし、そういうネイティブな音がある環境もおそらくなかったであろうから、そういう刻み込まれた感覚は無い。なので、そういう音の感覚に頼ったままでは話したり聞いたりすることは、頭で意識して動作を繰り返さなければ上達しない、と。 同じ週に久々にチェロのレッスンに行った。おそらく7年ぶり。 楽器に触るのも久々で、音を出す感覚も、なんだか遠い。 先生の音、もしくは伴奏の音にはまる、重なる位置を探りながら音をあわせていく。 絶対音感がある人ならば、単独で出した音が指標としてわかるのだろうけれど、 残念ながら私は無いので、相対的に調整しながら覚えていくしかない。 語学にしても、楽器にしても、相対的な感覚は必要ではあるけれど、絶対的指標や感覚が自分の中になることほど強いものはないのだなあと。脳に刻まれている感覚。 刻まれていないものを呼び起こそうとしても無いものは無い訳で。でも無いなりに補える方法で努力するほか無いよね、やり続けようと思うのなら。 ある種の正しいあきらめと、それに対しての自分の向き合い方は大事。 でも、普段の脳は2%も稼働しておらず、所謂「火事場の馬鹿力」でさえ10%らしいのだから、 90%以上の脳への可能性でどうにかならないものかしら、と楽天的に考えもするのです。 いつも通り/大貫妙子×土岐麻子 頭だけ聴いて、土岐麻子の声が一瞬大貫妙子の声かと思った。 この曲、いろいろな人とのコラボもあるみたい。 一十三十一とのデュエットも良かった。 いつも通り/大貫妙子×矢野顕子 いつも通り/SUGAR BABE 歌もさることながら、楽曲いいなあ。
気がついたら、あっという間に2010年が終わっていた。
本当に、そんな感じ。 前回の更新が配属直後で、夏くらいまではゆったりと過ごせていたような気がするけれど、9月あたりからはなんだか余裕が無かった。12月に至ってはあまり記憶が無い。という表現は正しくないけれど、ひとつひとつをきちんと自分の中に定着させるような時間も余裕も無かった。同期や会社の中では比較的時間裁量がある方なので、上記のような事を書くのは若干後ろめたいような気もするけれど。 記憶が無かった12月。本当にキャパオーバーになるってこういうことなんだな、と理解した。 業務量だけで見たら、実際のところはこなせない量では無かったのかもしれない。まあ「捌ききる」という思考が無かった。正直、ひたすら流して、捌くだけの仕事もある。そこに必要以上の時間と労力を消費しすぎた結果、肝心の「じっくり考える仕事」に費やせない、という状況がストレスフルに結びついていた。当時の(たかだか一ヶ月前)自分は今思い返しても病んでたというか、なんかこう必死だった。客観的に見たら正解だとは思えないけれど、主観ではあの状況だったらそうせざるを得ないというある種のリミットの線を越えてしまっていたように思う。でもそれでもなんとか持ったのはどうしてもやりたいと思える仕事や、ひたすら考えて、アウトプットしたものが伝わることの面白さに出会えたからで、詰まるところそういうことへの執念で自分を動かしているのね、と気付いたのもその時期だったりする。限界に近いときってある種人間らしい瞬間で、本質とか根底が一番わかる時なんだろう。 自分のキャパシティと作業処理能力、意思・意志の正しい表の出し方を理解しないとね、今年の年末は無事に過ごせるように。 部署の先輩と、今年はどういうテーマの年にする?という話をしたときに、「今年は悩むよりも、考える年にしたい」と言ったら、数日後に筧利夫が鴻上尚史からの言葉で同じ事を言っていた。本当にそう、いかに今までぐるぐる悩んで考える事を先延ばしにしてきていたのか。それをひたすら感じた一年。考える力が弱っている。 2010年は環境の変化のなか、順応できるか漠然とした不安があって、日々目の前にあることを「知り」ながら、一生懸命自分のルールを作ろうとしていたように思う。それも必要なことではあるのだけれど、なんだか自分と等身大でもなく、窮屈なものを一生懸命追い求める事で、充足させようとしていたような。結局満たされてもいない。今年はもっと自由に行こう。考える事は忘れずに。 # by arch_vivid | 2011-01-09 23:59
社会人になって一月が経過しました。
正直、自分に会社が”研修”という投資をしてくれていても、自分は会社に対して今のところ具体的な利益は何も生み出せていないので、社会人と自分で言うのもおこがましい気がします。 配属は無事、東京配属になりました。 配属先は、(具体的な名称は伏せますが)主にクライアントのブランド・広告戦略の立案などに関わる部署です。マーケティング要素が多い仕事のようです。(とはいえ自分がマーケティングを理解していない・・・) 配属面談では営業を押され自身も第一希望は営業を書いていたこともあり、この配属は意外でしたが、その反面、広告業界を目指していた時に一番仕事をしたい部門としてイメージしていた場所なので、嬉しいです。発表のときはキョトン、としてましたが、よくよく考えると2年前には行きたいと強く願っていた場所だったなあ、そうか当時の目標は叶ったんだ、と。 目標は更新されるものなのだと。 今の目標も数年後に実現したとき、「そうか、昔描いていた目標がまた一つ叶った」と思いながら、またそのときの新しい目標に向かっていけるように。
修士論文を提出し、最後の長期バカンスはヨーロッパで過ごし、しばらく会えなくなるであろう(もしかしたら会うのは最後かもしれない)友人たちと再会し、帰国直後に修了式を迎え、あっという間に明日から社会人。
ずっと何かをパリに置いてきていたような気がしていたのだけれど、 逆に何かをパリに置いてくるのをずっと忘れていたのだと思う。 きっとまた寂しさや懐かしさがいっぱいになるのだろう、と旅行に行く前には思っていたけれど、 清々しい気持ちで帰国した。 さあ、明日からどこへと向かう日々になるのだろう。 楽しみだ。
なんとか終わりました。
『人口増加地域における住宅需給特性に関する研究 -滋賀県及び千葉県・埼玉県・神奈川県・愛知県の比較分析より-』 ![]() 発表は終わったけれど本論はまだ仮提出なのでまだしばらく修論とのお付き合いは続きそうですが、とりあえずひと段落。 予想以上に焦り、テンパリ、メンタルが不安定になり、徹夜をし、ナチュラルハイになり、胃が痛くなり、発表では噛みまくり、 修士論文はまったくもってナメテかかってはいけないものだと痛感しました。ええ。 卒制以上にすっぴんメガネの日が多かった・・・ 先生から「議論しましょう!」との振りが来ているのでまだまだ気が抜けません・・・
Happiness machine by coca-cola
手渡し方はメカニックではなくアナログなのもすき。 うーん、修士論文、出国までに間に合うかしら・・・? # by arch_vivid | 2010-01-14 16:38
2010年、最初に好きになった曲。
Birthday/ 阿部芙蓉美 この曲も良い。 開け放つ窓/ 阿部芙蓉美 最近気になったPVは、 アルクアラウンド/ サカナクション Dir. 関和亮 タイポグラフィーができたり離れたりする瞬間にわくわくします。 # by arch_vivid | 2010-01-10 01:47
あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。 ![]() 一日一日、一瞬一瞬を大切に。 いつだって大事なことだろうけれど、 新しいことにめいっぱい出会えるはずの今年は特に。 # by arch_vivid | 2010-01-01 07:44
気がついたら、もう大晦日。
年が変わるという実感も無く、途切れ目の無いまま日常が猛スピードで過ぎていく、 そんな年末だった。 今年一年はずっと「停滞」の年だったと思う。 特にこの半年は本当に動けていなかったし、ぼんやりしっぱなしだった。 帰国してからの一年弱の就職活動。決して早くは終わらなかったけれど、 納得行くまで出来たと思う(勿論もっとやれることはあったとは思うけど)。 何とか、仕事をしたいとずっと思っていた業界での場所を掴むことは出来た。 でもその反面、活動中は研究は疎かになっていたと思うし、 就職活動が完全に終わってからは、反動からか、身の入らない状態になっていた。 やりたいとあれだけ思っていたのに出来ていないこと、中途半端になってしまったことばかり。 過去の箱を片付けてはひっくり返して、また詰めなおして。 でも仕舞いきれずに引っ張り出して、またひっくり返して。 パリから戻ってきての一年半、ずっとそんなことをし続けていた。 明日からは新しい年が始まる。 新しい箱を持って、前に進んで行きたい。 music/ Ballet Mecanique Ryuichi Sakamoto 久々に坂本龍一の『MEDIA BAHN LIVE』を聴く。 この曲は、中学生くらいのときに好きでよく聴いていた。歌詞も好き。 なんだかしんみりとしたい大晦日に合っているような気がして。 ****************************** そして、今年お世話になった皆様、本当にありがとうございました。 来年もどうぞよろしくお願いいたします。 それでは、よいお年を。 # by arch_vivid | 2009-12-31 23:45
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